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date :2013年07月

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負の連鎖・・・、ママの癌がみんなに与えたもの

負の連鎖…ママの癌がみんなに(--)


副作用は増すばかり。

みりもの通院もやっとの思いで行っています。

脱毛が日ごとにひどくなっていく…。

なんかホラー映画の「リング」を連想してしまいます。

フローリングに束になって落ちている髪の毛を見ると、ゾッとします。

お風呂でシャンプーすると、床一面が髪の毛で覆われます。

シャンプーがこわくなり、回数を減らした。そして綿のバンダナをいつもつけるようにした。

もともと毛量は多いほうだったのですが、抜け落ちる量が増えていくにつれ

頭部に寒さを感じるようになりました。

車で自分の病院とみりもの病院しか外へ出れなくなっていたので、

とりあえずといって主人がウィッグを買ってきてくれました。

もう家事も何一つしていません。

私の辛さを察してか?「何もしなくていいから。」と言ってくれました。

もともと、主人の方が家事も料理もすべて得意。

甘えてお任せすることにしちゃいました。

支えてもらってるな~と感じます。

感謝、感謝です。


そんな恵まれた環境下にいながらも、こころの不安定さがずっと続く…。

不眠で明け方まで眠れず、昼間も寝れない。

頭はふらふら、皮膚のチリチリ感。

何もできない辛さ。仕事さえも。カメラも目につかないところにしまいました。

社会から取り残された気持ち。引きこもりってこんな感じなのかな~?


そして、愛する子供たちが、みりもに続き、体調不良を起こしはじめました。

シエラは、少し元気がない。アンジィは食欲不振、パールは嘔吐を繰り返す。

私の身体から負のオーラが家じゅうに蔓延していたみたい。

動物は、純粋で、敏感だからそれを感じ取ったのでしょう。

この子たちのために、少しでも元気を取り戻さなきゃと思う反面、

到底無理な現実。

こころが張り裂けそうです。

みんなごめんね。

鯵の開き・・・いやいやパールの開き


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テーマ:モノの見方、考え方。
ジャンル:心と身体

癌になってよかった事~母との確執

母との確執~雪解け


乳癌の宣告を受けて、主人が病院からすぐに私の実母に連絡していました。

主人の両親には、まだ伝えていなかった。心配をかけたくない。もう少し治療の未来が見えてきたら
報告しよう。そう主人と決めていました。


私の母は、子供の時から、わがままで、自分勝手、取扱説明書の必要な人でした。

自分の信念は決して曲げない、自由奔放というのか…。

それに私たち兄弟(姉)はずいぶん振り回されていました。

思ったことをすぐ口にするので、こころもかなり傷つけられました。

私たちの目の前で「子供なんて面倒なだけ!産まなきゃよかった。」と言われたこともあります。

小さい頃は、父と母は喧嘩ばかり…。それが怖くていつも子供部屋に引っこんでおどおどしていました。

なぜか3歳のころの記憶が強烈に残っています。
クリスマスイヴの日、食卓には、ささやかですが、ごちそうと、プレゼント、小さなツリーもありました。
でも、父が帰ってきたのは10時くらい。そこから夫婦喧嘩が始まりました。
おばあちゃんに部屋に引っこんでおくように言われ、私たちは泣きながらただただ喧嘩の物音をきいていました。

必死で止めようとするおばあちゃん、でも喧嘩の声は消えない。

1時間ほどして、少し静かになったので、そっとリビングに行くと、父も、母も家にはいませんでした。

散らばった、食べ物の残骸。倒れたツリー。

そんな幼少期をおくったので自然と私はインナーチャイルドとして生きていかなければならなくなった・・・。


父はだいぶ前に亡くなっています。
大好きな祖母も2年前に亡くなりました。
今は母一人。

癌宣告を受けてから、毎日母は電話してきます。
具合はどう?無理しないでね。なんかあったら、すぐにそっちに行くから。
治療費大丈夫?必要なら言ってね…。


やっぱり親が子を思う気持ちはすごいなと感じました。
すべてのことを心配してくれている。

私は子供の時、「こんな家に産まれてこなかったらよかった。」と言ったことがあります。

複雑な感情です。憎しみと愛しさ。

その言葉を言ったことを後悔している自分も在りました。

ある日、いつものように母と電話で話している時、急に涙が出てきました。
びっくりする母。

突然私の口から出た言葉は、
「産んでくれてありがとう。お母さんの、そしてお父さんの子供でよかった。今まで、今も、迷惑ばかりかけてごめんね。いい子じゃなくてごめんね。」

電話の向こうで母も涙ぐんでいるようでした。

母より先に死んでしまうかもしれない不安がそう言わせたのかもしれませんが、

数十年抱えて、苦しんでいた、母との確執が雪解けを迎えたようです。

癌になって、ひとついいことがありました。

こころがほっこりした出来事です。



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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

「頑張れ」という言葉の矛盾

「頑張れ」という言葉への矛盾


乳癌宣告を受けてから、家族に、やたらと「病気に負けちゃだめよ。頑張って」という

言葉をもらった。

でもその「頑張って」という言葉は、私のこころに何も響かなかった。

何の影響ももたらさなかった。

悪意など何もない。心配してくれるから、大切に思ってくれるから言ってくれる言葉。

でも「頑張って」といわれると、少し反感を覚えた。

「この痛み、辛さがわかって言ってるの?頑張りたくないよ。」

そんな思いが強かった…。

ひねくれ坊主。嫌な奴。

被害妄想に取りつかれていたのかもしれません。


でも、みりもが体調を崩し、治療も大変なものだとわかってから、

私はみりもに、こころの底から「頑張って欲しい」と願っていた。

神様にも毎日お願いした。

「みりもを助けてください。苦痛をとってください。この子を私から奪わないで」

愛しき者に対して当たり前の感情。

だからこそ、自分の痛む身体を押して獣医さんにも通院した。


でもふっと思った。

動物は痛み、辛さを限界まで我慢します。

みりもは辛いのかもしれない。楽になりたいのかもしれない。

その気持ちは、まさに私が自分のことで思っていることだ…。

薬だって嫌だよね、みりも。

だけど「頑張って」としか思えない私がいる。


自分のことにかまけすぎて、周りがみえていないのかな~。

心配していってくれている「頑張って」なのに。

被害妄想的な自分に少し気が付きました。


ただ、これからも素直になれるかわからない。

でも、ありがとうの気持ちは持たなきゃいけないよね。

人のこころって複雑だな~と思うこの頃です。




抗がん剤は私のこころまで攻撃し始めたんだ。

白い澄んだユリのように、清らかなこころでいたいのに…。



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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

髪の毛が抜け始めた…恐怖!

髪の毛が抜け始めた・・・。恐怖だぁぁぁ


最初の抗がん剤投与から2週間ほど経ちました。

でも抗がん剤はまだ私の体内で活動しています。


つ、ついにきた~!

髪の毛が束になって抜け始めた。

ちょっとてぐしで髪の毛をなぞるだけで、指の間にごそっと挟まっている私の髪。

ビビりながら鏡をみる。

今のところ、鏡でみてもわからないレベル、でも抜けていく恐怖に押しつぶされそうでした。

泣きそうです。


また、ほとんどの皮膚、粘膜があれ、口内炎で痛くて何も食べられない。

体重もまた2kg落ちた。

癌宣告を受ける前に、左膝下脛骨、腓骨の複雑骨折をしていましたので、

私の左足には、チタンが入っていました。

そのせいなのか、やたらと金属感を感じるのです。

なんていえばいいのだろう?体内に入っているはずのチタンをまるで触っているかのような、

ひんやりとした感覚。気持ち悪い。


どうやら、私はデパートより、副作用の大型店舗になってしまいました。

お恥ずかしいですが、排尿、排便痛、日常がすべて辛い…。

副作用を鎮めるためのお薬もほとんど効果ない。


びぇぇぇぇ~ん。子供なら泣きわめく。でも今の私も同じ。

引きこもりが始まって、精神的不安定がひどくなった。

やけになってタバコを吸ってみる。まずい。味がわからない。

でもやめられない…。

なんて矛盾なんでしょう?

人としてのこころを失いそうでした。


みりもは小康状態。

みりもの具合で一喜一憂する日々。

でもこの命だけは、自分の命にかえても守る。そう決めてました。

もちろん、主人には、「自分の身体も大切にしろ!」と叱られました。

当たり前ですね。

おバカになってきていると感じました。


抗がん剤は人格まで破壊するのです。





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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

愛しき者の命、自分の命

愛しき者の命、自分の命


みりもの通院は、1週間に一度になりました。

でも家で服用する、お薬をいただきながら・・・。

みりちゃんは、お薬が大嫌い!

飲ますのに一苦労しても、結局飲んだはずのお薬が、床にポトッと落ちていることもしばしば。

私のこころでは、最大限のことはしてあげたい。でも苦痛は与えたくないと思い始めました。

日に日に痩せて、体重も3Kgをきってしまった。

シルクのような被毛も、荒れはじめ、徐々に衰えていくみりもを見守るしかなかった。

私の治療に多額の費用、みりもの治療も多額、でもお金の問題ではなかった。


自分の治療をやめてでもみりもを治療したかったのです。


この頃から、私は激しくなる頭部の痛み…。体内では虫が這う感覚が強まってきました。

神経症状と、下痢、お尻の痛みが激しくなってきました。

お風呂に入る度に、シャンプー後の抜け毛は排水溝にたまり始めました。

まだ少量でしたが、ホラー映画のよう。

脱毛していく恐怖…。


お風呂以外で抜けた髪の毛は、主人が用意してくれた箱にそっとしまいました。

そして、みりもの抜けた毛も大切にとっておきました。

前にもお伝えしたかもしれませんが、まるでみりもが私の病気を引き受けてくれたような感じ。

ダメだよ、そんなことしたら絶対ダメ!

みりもも、シエラと同じく、私のお薬でした。

いつも一緒に寝てて、熱があるときは、そっと寄り添ってくれました。

お腹が痛い時はお腹の側で、頭が痛い時は頭の近くで…。


とても混乱しました。自分の命より、みりもの命が大切だった…

日ごとに増えていく副作用、デパートのような何でもありの状態。


先が見えない。未来が私にはなかった。

それは絶望感としか呼べなかった。


でもみりもは助ける!その思いだけありました。





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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

『みりも』の具合と脱毛

『みりも』の具合

そして脱毛・・・!!


『みりも』の具合が悪くなってから、私は来る日も来る日も、病院に連れていきました。

ステロイドの投与と、5日に一度、内臓にたまった液体を抜いてもらう。

『みりも』の体内の液体は悪性で、膿をもっていた。

自分がどれだけしんどくても、休まない。

私にとっての大切な命は、少し自分自身の辛さを忘れさせてくれました。


でも、こころは崩壊寸前。不安と、痛みと辛さで人が変わったように、無口になりました。

おまけに…。


ついにきた~(涙)


少しづつではあるけれど、毛が抜け始めた。

鏡をのぞいては、まだ大丈夫と思う、この精神的辛さ。

主人にも、毎日後頭部を確認してもらった。

「まだ、全然目立たないよ。大丈夫だよ。」

でも、この日から、毎日写真をとってもらいました。


ウィッグいるのかな~と思いながらも、外に出ることができません。

自分の病院とみりもの病院、それ以外は全く外に出られない。

庭の花の水やりすらできない…



髪の毛がなくなる恐怖。

エンドレスな闘い、私も、『みりも』も。

いったい、いつまで続くのだろう?

もう、こころが悲鳴をあげていた。




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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

小さな命・・・。

小さな命~祈り


私が自分の身体にかまけて、暴れ倒していた間、

家の小さな命たちは、私をそっと見守ってくれていたのに。

『みりも』の状態の変化に気づいたのは遅かったのかもしれない。

私一人で獣医さんへ出かける元気がなかったので、主人に頼み込んで、車で連れて行ってもらった。


引っ越して来て、初めて来る獣医さん。でも設備は私が納得できるレベルで整っていました。

診察室に呼ばれて、「最近元気がないんです。食欲も減ってきています。」

そして既往歴を伝えた。

獣医さんは、まだ若い先生でしたが、念入りに診察してくれ、

血液、エコー、レントゲン検査をしてくれました。

待つこと2時間。

自分の身体もしんどかったけど、『みりも』の方が心配だった。

「重い病気でないように!」

不安でいっぱい・・・。

そして、先生に伝えられたこと。

「腎臓と肝臓の数値が異常に高いです。おまけに腹部に液体がたまっています。

今は全身に回ってない状態ですが、全身にめぐり出すと危険です。

今日は、その液体を採取して、その成分を検査したいのですが・・・。」

「で、経過を見たいのでしばらくは毎日連れて来てもらいたのです。」



私のこの身体で、毎日の通院は不安。でも「わかりました。」と答えました。

自分のことより、ペットの小さな命を守りたかった。

できることは、すべてしたかった。


主人に言われました。「自分の命もそれくらい大切にしろよ」。


獣医さんから家に帰った『みりも』は、腹部の液体を抜いてもらったおかげか、少し元気に。


私の心は、明日からの『みりも』の通院、そして、自分の副作用で痛みと不安が、今にも爆発しそう…。


シエラ、みりも とママに力を貸してね。



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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

『みりも』が、おかしい!

『みりも』が、おかしい!


前日の診察から一日たった。

今日も福祉大学の通信課程の試験、今日は9科目と多い。

あきらめ90%で、回答をこなす。

もうヘロへロ~・・・。


どうでもいいや!と思い始めていました。

今日の私の身体は、特に神経的な症状が目立ってました。

頭から足まで、全身の皮膚のピリピリ感、どうも内側から、針でつつかれている感覚。

そして表側からの感覚は麻痺し始めていました。

手のひらで腕や足を触っても何の感覚も感じることができない…。

手のひらの感覚も無くなっているみたい。

とりあえず、やわらかい素材のインナーで身体を覆う。


頭皮のピリピリ感もましてきた。

がーっと、頭をかきむしりたい衝動とのバトル。

やっぱり脱毛は怖い。(まだ髪の毛は抜けていませんでした)

枕カバーもチェンジして刺激を少しでも避けようとしました。


生きている感覚がない、何も出来ない。

副作用はどんどん増加していく。


そして、さらにこころを痛めることが起こりました。

みりも(にゃんこ)がご飯を食べない。

そういえば今日はあんまり動いてないな!

脈を測ってみても、心音を聞いても、身体中触って調べても特に異常はない。

お水をスポイトから飲ますと飲む。

喉が渇いているようだ。

私は痛む身体をおして、近所のスーパーへみりもの好きなカニカマ、そしてウェットフードを買いにいった。

『みりも』は特にビーフ味が好きなので、ビーフメインで何種類か購入。

家に返って早速、小さなお皿にいれて、横たわっている『みりも』の口元へ。

むくっと起き上がって食べてくれた。

明日病院へ連れていこう。

でも私いけるかな?などなど様々なことを考えていました。

自分の身体より、『みりも』のことが心配でした。

もうこの子も17歳、心臓が弱く、若い頃に癌の手術を2回しています。

私の癌が、『みり』に移ったの??

移るわけありませんが、何か私の辛さを引き受けてくれてるんじゃないかと思いました。

『みりも』を抱きしめて、その温かさを感じていました。 

泣けて泣けて仕方ない。


だめだよ、そんな。『みり』は宝物なんだから!

私が自分のことにかまけている間に『みりも』のサインを見逃したかもしれない。

その日は自分を責め続けました。



みりも、ごめんね。ママ、ちゃんと見てなかったんだね!


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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

癌という病気がもたらすもの

癌という病気がもたらすもの


つぶやき…。

癌だからガーン!と以前記事に書きました。

癌という病気、その名は、今そこらじゅうに蔓延しています。

「まさか私が?僕が?」

と思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?

実は私も同じく、癌になんてなるはずがない!と、どこかで思っていました。


2年前に乳癌ステージ3bの宣告を受けて以来、「癌」とは何なのか?

医学的ではなく、精神的に考えています。


「癌」「癌」「癌」

この言葉自体の持つ恐ろしさ。

私たち生きている人間は、「癌」=「死」と考えているのではないのかな?と思います。

現在の医学を持っても治らない病気。死亡率も高い。

健康な時から、そんな情報を受け取っているのでしょうか?


「癌」という言葉を受け止めて強く、前向きに闘う人もいらっしゃいます。

私はそういった方に尊敬の念を抱かずにはいられません。

もちろん、辛い痛み、激しい喪失感など経験されていると思います。


でも、私は弱かった。

「癌」でガーンと地の底に落とされました。

治療拒否や、自殺願望、失ってしまうものへの執着。

子供が産めないという現実。

実は今もまさにそう。現実逃避でホルモン剤を飲むことを拒否しています。

そういった、自分の意志を貫く強さすらなく、結局抗がん剤治療を受けることに…。

矛盾だらけです。

こころがどっちつかず。治療も怖い、死も怖い…。

決心なんてものは、存在しません。


乳癌は生存率の高い癌だと聞いています。

でも喜べない。

おっぱいを失う、子供を産むことを断念させられる、喪失感そのもの。

こんなに「癌」という言葉で「こころ」を病んでしまうのは人間だからですね。



わんこ、にゃんこたちは、自分の病気や、痛みを無言のまま受け止めている。

人目なんて気にしない。


動物たちは痛みを最大限まで我慢します。

だから飼い主は気づかない、発見できない。だって言ってくれないから…。

でも愛する家族ですよね。

飼い主の方は、その子の命がまっとうされるまで、

精いっぱいの愛情を注いでください。

なんて、私が言うのもおこがましいのですが…。
※私も抗がん剤治療時は、自分の事しか見えていませんでした。

少しズレてしまいましたが、お伝えしたくて…。


「癌」という言葉の響き、宣告の瞬間。忘れることはできません。

病気の治療というより、命の治療。

ずっと孤独で、引きこもって、やさぐれて、凹んで・・・。


ある日、「ブログでもやってみたら?」と主人が勧めてくれました。

最初は嫌でした。外界とつながりたくない、情報もいらない。

何もできない日々を数か月送りました。


今は、こんなちっぽけなブログですが、同じ病気の方にコメントいただいたり、

励ましていただいたり…。

感謝で涙が出そうです。


これからも、一人でも誰かの役に立てればと思います。


自分の闘病記録は、隠さず公開したいと思います。

病院では、副作用のデパートと呼ばれ、看護師さんたちも、「勉強になるわ~。」と言ってました。

いろいろな病気で苦しんでいらっしゃる方、またご家族が病気で看護していらっしゃる方。

頑張ってとは言えません。でも決して一人ではない。

私みたいに心を閉ざさないでください。

こころのリハビリが大変です・・・。


ママのお薬、シエラへ  「ごめんね、そしていてくれてありがとう。」


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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

一週間後、診察日

やっときた、診察日 告白できるの?


ヘロヘロになった一週間をすごした。

この日はN先生の診察日。

行く支度をするのも面倒で、体がダルい。

でも行かなきゃ、そして言うんだ「もう無理です」って。

朝から主人に、「今日は抗がん剤治療やめるって先生に言うからね。絶対にやめるからね!」

とまくしたてていました。

「とりあえず、落ち着いて先生に話しなさい。ちゃんと相談もして」

まるで子供のわがままです。


病院まで歩いても20分、自転車なら10分足らず。

でも私は誰にも会いたくない、人にこの姿を見られたくない。という思いから

車で出かけました。


もともとおしゃれが好きだったのですが、癌宣告を受けて以来、無頓着になってました。

病院に行く服は、パジャマに毛が生えたようないでたち。

コートも近くのハンガーにかかってあるものを着ました。

鏡すら見ません。

そしてマスク。

「病院で脱毛し始めたらどうしよう」という変な思いもあり、帽子をかぶりました。

普通ではないこころのあり方。


「その恰好でいくの?」

主人が怪訝そうに聞いてきます。

「うん」。彼は何も言いませんでした。

深くかぶった帽子に、マスク、眼鏡、ひどい服装、まるで怪しいおばさんです。

※おばさまのみなさまごめんなさい。


病院につき、受付を済ませると、採血とバイタルのチェックです。

また診察は血液検査のでる1時間後になりました。

インフルエンザのはやっていた時期だったので看護師さんが

「あまり待合室にいないほうがいいよ。今、風邪うつったら入院することになるから。」・・・

私は車の中で待つことに…。


皆さんは私をバカ者と思われるでしょう。

私は、抗がん剤で止めていた、タバコを一本吸ってみたのです。

案の定、おぇぇぇぇ~。 味も何もわからない、ただ気持ち悪い。

私は本当におバカになってきてるのかもしれない。廃人への道??

何もする気が起きず、ただただぼーっと待っていました。


やっと診察室に呼ばれると、N先生は変わらず、穏やかな優しい雰囲気で迎えてくれました。

私は「治療やめる」「もうむりです」とまくしたてるつもりだったのに、

先手を取られて「副作用辛かったでしょう?」とN先生。

いきなり腰を折られて、ただただ起こった副作用をノートをみながら説明していました。

「血液検査の結果、白血球がかなり減少していますが、他の数値は想定範囲です。

来週も様子をみて、その次の週に2回目の抗がん剤にしましょう。」



診察室にいる間、吐き気、めまい、頭痛に襲われ始めました。まるでパニック障害。


「それでは来週ね」と看護師さんに言われ、来週と、その次の週の抗がん剤投与の予定表を

受け取っていました。

何やってんだろ~?

ガクンと音をたててまた、こころが折れました。


一応、先生は血尿のために、クラビット錠、排便困難のための、便秘薬センノサイドを処方してくれました。

ようやく家に着き、ベッドに倒れこみました。

でもその日は薬を飲む気もおきなかった。



「私、おかしくなってきてない?」

そしてタバコを吸いました。そして再度「おぇぇぇぇ~」


※私の父は肺癌、肝臓癌で手術を受けています。
 でも定年まで生きてくれました。
 父も一度抗がん剤の投与を受けています。
 でもよほど辛かったのでしょう。
 自分の意志で一回のみでやめてしまいました。
 「親子だな~、でもお父さん、私言えなかったよ…抗がん剤やめるって…」






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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

毒をもられて一週間、治療をやめる??

毒をもられて一週間~治療をやめる?

(またまた、医療関係者、製薬会社の皆さま、すみません)

2011年11月18日に初の一度めの抗がん剤を投与されてから、

速攻的な副作用が私の身体を襲いました。

この日から、家で服用する薬は処方されていません。

改めて思えば、毎日飲むものだと思ってた。

薬剤師の先生の説明、私何聞いてたんだろう??

今頃気づくおバカな私。



前日の夜は久しぶりによく眠れました。

夜中にトイレにも行きませんでした。

まあ、水分控えすぎたから当然といえば当然??

先生、水分はたくさんとってくださいねっていってたよな~・・・。

まずいかな…?


自分の身体が、数値的にどうなってきているのか知りたかった。

血液検査したら、恐ろしい結果でるんじゃないの?

だってこんなに異常なんだもの。



相変わらず、頻尿・ピンク色の尿。排便あり。しかも力む力がないので、4回ほどトイレに駆け込む。

一度入ると15分は出てこれない。排便時の激痛と大量の下血。真っ赤な血。

トイレの問題はまだ解決なしか・・・。


この日からこれまでの副作用に加えて、皮膚、粘膜の症状が出始めた。

鼻血、口内炎、全身の皮膚がピリピリし始めた。

頭皮にチリチリする痛みがある。

ついにきたか~脱毛・・・。

髪の毛を引っ張ってみたが、まだ抜けない。

なにやってんだろ?


顔がアレルギーを起こしたみたいに水でさえしみて痛い。

口の周りにポツポツとした湿疹みたいなものもできてきた。

ゲップがやたらと出るけど、嘔吐はなかった。


翌々日はやっとの診察日。

今までの症状を日記にしてるので、それをまとめて書きだした。

自分の身体に起こったことを、何一つもらさず伝えなきゃ。

そして言おう!「もう抗がん剤無理です。」って。

楽にして〜~!!…。


まだ、私のこころは逃避することを、あきらめていなかった。




このにゃんこは、アメリカ、キーウエストで、ヘミングウェイが愛した猫たちの子孫です。
今でもヘミングウェイの家に住んでいます。
半分くらいの子は手の指が6本あります。
みんな愛されて、可愛がられています。指6本でも、にゃんのことはない…。
少し見習いたい生き方です。


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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

トイレの問題

トイレが怖い


毒の続き…。


翌日からというか、夜中からトイレに行きたくて、たびたび目を覚ましました。

行くと、尿意はあっても出ない。それどころか痛みを伴う。

頻尿っていうのかな?やっぱり膀胱炎の症状だよ。

でも前日ほどんど水分とってないのに。

で、やっぱりピンク色の濁った尿。

最悪~!!

なんでもう3日以上たつのに、抗がん剤という毒は作用し続けるの??


悪寒がひどく、主人が買ってきてくれた<着る毛布>とやらを2枚重ねて過ごす。

でもゾクゾクする。

昨夜の眠りも浅く、トイレとベッドの往復を何回したことやら…。

ふう~。それだけでも体力消耗。

トイレこわいよ~。行きたくないよ~…。





起きて、デカドロン(ステロイド)6錠服薬。


何も食べてないのに、薬のんでいいのかなぁ?


午前11時ごろ、たまりにたまった便意をもよおすけれど、

出ない。力が入らない。

結局少ししか出なかった。なのに大量の出血(下血)。

不安と怖さが同時に存在している私のこころ。

この日一日は、トイレに何度いったのだろう?

起きている時間だけで20回は行っている。

だから20回の痛みを感じざるを得ない。

それは夜になるにつれ、激しさを増していった。

排便時の影響かお尻の強烈な痛み。痔?痔?痔?

女性にとっては、人には言えないこと…。

トイレ嫌い!!。もう何も口にしない!という考えが頭をよぎりました。

トイレ行きたくない!!




また、喉の痛みで食べ物、水分が飲み込みづらい。


味覚もなくなっていた。

脇、胸部痛の増加。まるでみぞおちを殴られたような痛み。

発熱37.7℃ 


でも熱より、他の不具合のほうが辛い。

眠れる時に眠り、それ以外は起きている生活。この日はトイレのことで頭がいっぱいでした。



部屋の中は、掃除もできず、散らかり放題。

洗濯もできてない。

唯一しなきゃと思ったことは、わんこ、にゃんこのご飯とお水の補給。






今日も一日、先生からもらった、栄養補助液を飲んですごした。



病院へ駆け込みたい気分。でも明日はN先生はいない。

どうしよう???


幸いまだ脱毛は始まってない。

このまま抜けないでくれぃ~!

少しくらい医学に例外あってもいいんじゃないの?

と、かすかな願いを込めて一日を終えた。


ごめんね。とこころで思う。

私の大切な旦那様、かわいい毛むくじゃらの子供たち、ママこんな身体でごめんね。

泣いた…。かなり泣いた…。 辛くて・・・



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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

毒の威力

毒・・・抗がん剤

※医療関係者の方、申し訳ありません。治療してくださってるのに。


最初の抗がん剤を受けてから、私の身体から、薬という名の毒は一向に消える気配がありません。

日々増していく副作用。

また前日午前四時くらいまで眠れませんでした。なのに朝は早く目が覚める。

身体はだるく、重くしんどい。だったらベッドに横になっていたらいいのですが

神経的な症状が出始め、気が狂いそうな、イライラ感、ムズムズ感。

白い天井をぼーっと眺めていると、なにかが這い出してくるのが見えたり。(実際は見えていないのに!)


この日は、ピンク色の尿が頻繁にでます。

排尿時の痛みもましてきました。まるで膀胱炎。

トイレに行くことすら、怖いと感じ始めました。

喉が渇いて仕方ないのに、水分をとるのが嫌。

喉・口腔内全体の痛み、胸部痛、脇から脇腹にかけての痛みが増していく。

(癌細胞は脇リンパにも浸潤していました)

歯茎が後退している感覚。今にも歯が抜け落ちそう・・・。

身体が崩れていく・・・。廃人になっていく・・・。

恐怖と不安のこころ。


薬はイメンドカプセル(吐き気止め)1錠と、デカドロン6錠(ステロイド)を服用。



最悪にもこの日は、精神保健福祉士の資格取得のため、学び始めた通信大学の試験日。

7科目もありました。

受かるはずがない! 癌宣告から、私はすべての情報や学びを断ち切っていたのですから・・・。

1科目1時間やっとの思いで回答する。健康でも疲労困憊になるでしょう?

もうぐったり。


結果に期待はなし!

仕方ないよね?仕方ないよね?

と自分に言い聞かせていました。


朝から全く食欲がない。身体がどんどん痩せていく、やつれていく・・・。

頬がこけてきている。体重も4㎏ほど減っていました。



主人が休みだったので、「少しでも食べろと」夕飯にうどんを作ってくれました。

感謝!感謝!

でも、裏目にでた~。

夕食後から、今までになかった吐き気、そして嘔吐。胸部の痛みがさらに増してきました。

一日前より辛い。どんどんひどくなっていく。このままでは人格崩壊しそう・・・。

抗がん剤という毒は、しつこく私の身体に作用しています。

癌をやっつけるってすごいことなんだな?


やっぱ毒には毒なんだ。


明日目が覚めなきゃいいのに。そしたらこんな一日を過ごさずに済む。

そこまで思い詰めていました。


ちなみに抗がん剤投与の一回分は約3万円です。(保険治療)

金額に見合った作用だね、と主人と話し、少し笑けました。




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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

こころの事・・・カウンセラー失格?

心理カウンセラー失格!

ちょっとつぶやいていいですか?


私は、写真の仕事の傍ら、心理カウンセリングもおこなっていました。

悩みを抱えたり、生きづらさを感じている方に対して、傾聴、受容、共感し、

あたかもその人が感じているように理解する、最大限の努力をする。

そしてカウンセラーは、主観を持たないでその方の話をただ聞く、透明性が大切だと学んできました。

自分の意見を言うのではなく、客観的に話を聞く力も必要なお仕事です。


ところが、私は、乳癌の宣告を受けて以来、全く自分に対して透明でいられなかった。

こころに日々たまる、埃、汚れ、不安、妬み、自己喪失感、自己否定感などなど

数えきれない、どす黒い色の感情、感覚をため込んでいきました。

エアコンのフィルターなら、掃除もしたくないくらい、私の心のフィルターは真っ黒けでした。

新しい空気など吸えるはずもありません。


私は、絶望していました。

仕事も全くできなくなりました。

大好きな写真でしたが、カメラを見るのも嫌になり、また大好きな心理学、カウンセリングの書物にも

目を向けたくない。

完全に自己逃避していました。

不安神経症、パニック障害、被害妄想におそわれ、自殺願望、逃避感、そういった気持ちに

心が占められていました。

そして将来が見えない絶望・・・。

カウンセラーなんてやめちゃえ!

写真の仕事もやめちゃえ!

何もかもやめちゃえ!


そう思っていました。


このままだと廃人になるんだろうな?そう思いながら治療からも半分逃げました。


この経験が、私の弱さ、インナーチャイルドが体内で暴れている感覚、自己自信の無さ、ACであることを

改めて証明してくれました。




う〜ん、人のこころって難しいですね。

自分の心がコントロールできないんですから・・・。
ましてや人様の心なんて、わかろうというのは驕りかもしれません。

私は第三者とかかわるには、まだ力不足です。

昨日、カウンセラー協会のセミナーを受けて、改めて感じました。



植えた種が芽をだすように、小さな花のつぼみがゆっくりと開くように、

心について考えていきたいと、今は強く思っています。



私の闘病中、主人がカウンセラーの勉強を始め、資格をとりました。

二重関係になるので、本来は良くない関わりなのですが、

一生懸命私の話を聞いてくれました。そして受け入れてくれた。

「治療しんどかったら、やめてもいいよ」

狂乱した、私の身体とこころを間近に見たせいでしょうか?そう言ってくれました。


家族は大きな支えです。


現在も、まだ透明な心を取り戻していませんが、主人の支え、

わんこ、にゃんこたちのくれる純粋な愛情、曇りない目。

それらを力にして、生きていきたい!

頑張るとはいいたくない。病気とともに生きていく、

今の私はそう思っています。



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テーマ:メンタルヘルス・心理学
ジャンル:心と身体

心の叫び・・・、体内の崩壊

体内の崩壊・・・。抗がん剤やめる!



抗がん剤を受けて一日経ちました。

私は、この内臓、手足、身体のすべてが誰かに操作されている。

自分の意志の及ばない世界に連れていかれたように感じました。

数々の不快と痛みが全身、ありとあらゆる箇所に出ています。


私の治療に使われたファルモルビシンという抗がん剤は、3週間に一度、4クールの予定。


薬の説明冊子では副作用を以下のように説明しています。

投与後~数日
〇尿がピンク、オレンジ、赤色になる
〇発熱  〇吐き気、嘔吐   〇食欲の低下
〇点滴部位、その周辺の痛み、しびれ、皮膚の腫れ、赤みかゆみ


投与後~数週間
〇発熱(38℃以上) 〇粘膜の炎症(花、口内炎、大腸)
〇脱毛
〇悪寒、腰痛、脇腹の痛み   〇喉の痛み
〇排尿時の灼熱感
〇出血(鼻血、歯茎からの出血、青あざ、下血)


投与後~数か月
〇貧血(めまい、たち倉見)
〇動悸、息切れ、胸痛


と起こりうる副作用が書かれていました。


えええええっ・・・。

点滴ってそんなに長く作用するの?

3週間に一度の投与なのに、こんな症状が続くの?

抗がん剤投与から一日経った私の身体は、すでに悲鳴を上げていました。


めまい、ふらつき、悪寒、鼻血、歯茎の違和感、出血、膀胱炎のような排尿時の痛み、

動悸、内側から何かに刺される胸部、脇腹の痛み、下血。

皮膚に感じる神経症状(体中を虫が這いまわっているような)。

食欲は一切なし。喉も味覚を失い、下がピリピリと痛い。水をのんでもお茶を飲んでも飲み込み時の痛み。

便意があるのに、出す力も入らない。不眠、だるさ・・・・。


等々、一夜にしていろいろな副作用が襲ってきました。

目もかすんでいるようで、物がはっきり見えません。

何が一番辛かったか?胸部の痛みと神経症状です。気が狂いそうでした。


ひえぇぇぇぇぇ~。

もう無理、耐えられない。

恐ろしい液体が私の体内に入ってしまった。

毒だ、毒だ、毒を飲まされたぁぁ・・・。

もう嫌。治療したくない。もうこれでやめてやる。

4回も受けてどうすんの?


家にいても、何もできない。動くことすらだるい。眠ることさえ・・・。

外に新聞さえ取りに行けない。

苦しみと、無力感、孤独感。


この日から、私の引きこもりが始まります。

心は身体で感じる痛み(それ以上のもの)とともに、すっかり閉ざされました。

「抗がん剤は受けた人にしか、その苦しみはわからない。」

と友人に教えてもらってました。

その通り。説明のしようがないのです。

孤独な闘い、誰もわかってくれない・・・。

治療なんてやめてやるぅぅぅぅ・・・。

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テーマ:乳がん闘病記
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抗がん剤の副作用…

抗がん剤の副作用

抗がん剤投与後の一日は、かつて体験したことのないものでした。

自分の体が自分のものではない、何と言えばよいのか、全身の神経がイガイガしました。

当初、薬剤師の先生に告げらていた吐き気は、その初日には起こりませんでした。

でも、ふらつき、めまい、体に虫が這うような感覚に襲われ、私は思わずベッドに横になりました。

とりあえず、眠りたい・・・。

そんな気持ちで、目を閉じて、じっとしていましたが、全く眠りに入ることはできません。

恥ずかしい話ですが、トイレに行くと、ピンク色の尿、しかも排尿時の痛み(膀胱炎?)が伴いました。

おまけに下血。排便したくても、体に全く力が入らない。


喉はカラカラなのに、自分の喉ではないような感覚。

口腔内も、痛みを感じ始めました。

おまけに深夜からは、歯茎の感覚もおかしくなりました。

まるで、歯が今にも抜けそうな…

何度も何度も歯磨きして、鏡でチェックしましたが、何も変わっていません。

そして、何ともいえない胸部の違和感。

激しい動悸と胸部の痛苦しさ。

何なのこれ?

抗がん剤ってこんなに早く作用するんだ。

眠れない。症状が取れない。

体温は37.5℃。

どうしたらいいの?

病院に聞いたほうがいいの?

不安で不調で、何一つ口にすることができません。

お茶を飲んでも、お水を飲んでも味がわからない。

癌には癌以上に強い薬を使うんだ。



その日は、午前4時まで眠れることができませんでした。

主人を起こさないため、ベッドから抜け出して、リビングで一人寒さに耐えながら

テレビをつけていました。

でも内容など全く入ってくるはずもありません。

これが「抗がん剤」

体験した人しかわからないと、聞いていましたが、想像以上の副作用を

私の体に与えました。

でもまだ、始まりに過ぎない。

この治療に耐えていけるの?


アンジィ、ママに力を貸して・・・。

私の薬


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抗がん剤治療初日

抗がん剤治療開始

2011年、11月18日 ある意味記念日…。

抗がん剤投与の開始です。

受付を済ませ、まず血液検査に行くよう言われました。

バイタルをチェックし、採血です。

私の体の状態を把握するためとのこと。

診察は血液検査の結果がでる30分後…

担当の看護師さんが優しく話かけてきます。

「体調はどう? いよいよだね。不安なことがあったら、何でも話してね。」

その日は、朝から食欲もなくただただ喉が渇いていました。

お茶を飲んでも飲んでも、渇きがとれない。

結局、一時間ほど待ち、N先生の診察室へと呼ばれました。

血液検査の結果に問題はなく、予定通りその日から抗がん剤を受けることになりました。

まず、点滴室に案内されます。

ベッドで横になり、マスクしてくださいねと渡されました。

白血球が減るので、免疫力が落ちるそうです。

まずは、イメンドカプセル125㎎。吐き気止めの錠剤を飲みました。

点滴は一時間後に始めるようです。

その間に薬剤師さんがやってきて、抗がん剤の説明をし始めました。

薬の説明冊子をいただき、副作用について具体的にいろいろ話してくれました。

「ちゃんと聞いておかなきゃ」と思う反面、心ここにあらず。

これから起きようとしていることへの不安が増幅していました。

長い一時間でした。

ついに、私のベッドに看護師さんが…手には5つの点滴パック。

「右乳癌なので、点滴は主に右手にします。」

「右手は手術後、点滴に使えないので、術後のために左手にはなるべくしないの。」

そうなんだ~ 右手が使えない??


いよいよ抗がん剤の点滴の始まりです。

まな板の上の鯉。

もう、逃げることはできません…


具体的な薬剤は
1本目ーデカドロン(吐き気止め)
2本目ーイチゴシロップのような色の点滴(抗がん剤)
3本目ーファルモルビシン(抗がん剤)
4本目ーフルオロルサシル(抗がん剤)
5本目ー生理食塩水
※(薬剤の名前に間違いがあるかもしれません)

点滴中、体内に異物が入るような、気持ちの悪さ。
頭が、ぼーっとする。
一刻も早くこの場から逃げ出したい!


すべてが終わるまで2時間弱かかりました。

気分の悪さで帰れる元気がなかったけど、家に早く帰りたくて、無理をして病院をあとにしました。

家に帰ってから、<自分の体が自分の体でない> そんな神経症状がでました。

虫が体を這う感覚、めまい、ふらつき、喉の違和感。そして発熱

もう引き返せない。

この日からが、私と副作用の闘いのはじまり。

私の心の闇、恐怖とも闘わなければならないのに。


シエラ、ママに力を貸して・・・。
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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

揺れるこころ・・・。  治療開始まで

治療拒否の決意~そして・・・。

乳癌の治療はしない。

そう決意しました。

でも抗がん剤治療の日が迫ってました。

毎日心が揺れ、「生きていたくない」でも「怖い」…ずっと重たい不安の闇にいました。

毎晩主人と話合いました。

「甘えてる。子供のいない夫婦はいくらでもいる。俺がいるのではだめなのか?」

「あなたに私の気持ちわからないよ!」
駄々っ子のように暴れる私。

皆さんからもお叱りを受けるかもしれません。


毎日毎日、泣いて、荒れてお酒を飲んで・・・。

心を閉ざし、周りが全く見えていなかった。


とにかく冷静に考えよう。

治療をしないのも地獄、治療をするのも地獄…

どちらを選ぶ?

主人は「俺を置いて死ぬのか」とも怒鳴りました。「頼むから治療してくれ」と。

その時、看護師さんが言ってくれた言葉が浮かびました。

「乳癌でも術後出産した人もいるわよ」

可能性の問題。でも私を必要としてくれる人、わんこ、にゃんこがいるなら、

パールに教わった、命の尊さを考えるべきなのか?


はっきりと結論は出ていません。

ずっと揺れている状態。


とうとう、抗がん剤治療開始の金曜日。

病院への道を歩いていました…

重い心。重い足どりで。


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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

つぶやき・・・。命の尊さ。

命の重さ、尊さ。

前回の記事で、死にたい私の正直な気持ちをお伝えしました。

あの時は、そう思うことしかできませんでした…

少し暗すぎたので、ここで休憩。


私は、動物カメラマンをしています。

数々のキャットショー、ドッグショーの撮影をしてきました。

そんな関わりで、なぜか身体に不調のある子たちを引きとる機会がありました。

私は、いつも動物たちの命を神様からの預かりものだと思っています。

だから、この子を幸せにできるのか?一生面倒見れるのか?、きちんと飼養できるのか?

考え悩みます。

とは言っても、本来動物大好きなので、結局、引き取ります。

再度ご紹介するパールですが、スコティッシュの男の子です。

レッド&ホワイトのきれいな被毛、そして澄んだブルーの目。

一度抱っこしたら、もう引き取らずにはいられませんでした。

家に連れて帰り、パールをつれて獣医さんで健康診断。

心臓に先天性の疾患があることがわかりました。

ちゃんと育てよう!病気も私が見る!という気持ちで一緒に暮らすことになりました。

パールはとても、やんちゃで、元気いっぱいに見えました。

いたずら好きで、食欲もあきれるくらいでした。

パールを引き取ったのは生後3か月の時。

そしてちょうどクリスマスイブの夜、パール生後6か月の時に異変が突然起こりました。

後ろ足が全く動かない。

すぐに深夜診療をしている獣医さんを探して、夜9時ころに病院に連れていきました。

診察を待つ間、なんで?なんで?あんなに元気だったのに?という気持ちで涙がでてきました。

しばらくして、診察室に呼ばれました。

「心臓疾患からくる、血栓塞栓症です。また小さいので治療は難しいです。」


「手術はできないのですか?」

「先天性で、かなり心臓が弱くて、血液を循環させる機能が働いていません。

こんな子供なので心臓手術をしても難しいでしょう…」

「助かる方法はないのですか?」

「こちらとしては安楽死をおすすめします。」

仕方なく私は、延命治療に近い、ステロイドの投与をお願いしてパールを家に連れて帰りました。

それから、ありとあらゆる獣医学部のある大学や、ネットで先生に問い合わせしました。

どうしても死なせられない!6か月しか生きていないのに死なせるわけにはいかない!

いろんな病院を数十か所回りました。

でも診断は同じ…

自分の癌で、私は生きることさえあきらめようとしましたが、

この子の時は、あきらめるなんてありえないという気持ちでした。

この子は生きようとしている。ごはんも食べる。トイレには行けないけど、おむつをして過ごしました。

表情だってこの写真通り、生き生きとしています。死なせるわけにはいかない!

寿命が全うされるまで、私はこの子を守ると決心していました。

しばらくして頭にふっと浮かんだ獣医の先生がいました。

その先生は、子供の時、飼っていた犬が重い病気にかかったとき、根気よく、生きる方向で

治療してくれた方でした。

そうだ、あの先生に診てもらおう!当時東京住んでいた私は、休みをとり、実家の兵庫に帰りました。

もちろんパールを連れて。

そこで、母に土下座しました。この子の命を助けて欲しい、だからあの獣医さんに診てもらいたいと・・・。

母はしぶしぶながらも、私の代わりに通院治療を引き受けてくれました。

私だけ東京に帰り、パールと離れて暮らすことになったのです。

それから数年・・・。

今現在、パールは私と一緒に暮らしています。後ろ足も動きます。

家の階段をちょこちょこ上り降りしながら・・・。

獣医さんにも言われました。この子は奇跡的な生命力があるね!

ふう~!ママは頑張ったよね、パール?

これからもずっと一緒に暮らしていこうね。


自分の癌には負けてばかりの私ですが、ママとしては負けるわけにいかなかった自分を思いだしました。

きっと、今の私を見守ってくれる、主人や家族はそんな思いでいてくれるのではないか?

そんなことをお伝えしたくて・・・


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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

死にたい!治療拒否。。。

もう死んでしまいたい!私は癌で死ぬ。


子供が産めないと宣告をされた私。

そこまでして生きている意味があるのかな?

しきりに考えるようになりました。

主人や、家族のこと、可愛いわんこ、にゃんこたちのことを考える余裕がなかったのです。

ひどい!と思われる方もいらっしゃると思います。

でも、私には、絶望感しかなかった。永遠の暗闇に落とされたような気持ち・・・

主人に告げました。

私治療受けない!死んでもいい!

おっぱい無くして、子供も授からなくて、そんな人生いらない。

うつ、うつ、うつ状態。

泣きながら、叫んで、もう死ぬ!病気で死ぬ!と怒りなのか、不安からなのか?

うまく表現できませんが、主人にあたり散らしていました。

今思えば、死にたいという感情とともに、「死」の怖さが心の奥にありました。


泣き叫ぶ私を、主人は慰めてくれました。

でも、その慰めさえ、受け入れられませんでした。

「あなたに私の気持ちなんかわからない」と叫んだ記憶があります。

でもその時、主人が泣いたのです。

俺のために、治療してくれ!子供はいなくてもいいじゃないか!

現在では、その言葉は本当にうれしく感じます。


ただ、その時の私は冷静な心を失っていました。

私の心は冷たく閉ざされてたのです…




私の骨折の前、いじけたパール君。

ウチのにゃんこです。


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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

子供が産めない!

子供が産めなくなるの??

N先生に今後の治療、抗がん剤の副作用など説明を受けていました。

人によって違うけれど、かなり辛い治療だというのは、理解できました。

最初はファルモルビシンという抗がん剤を、3週間に一度点滴で投与されます。

嘔吐、神経症状、脱毛など様々な副作用を聞きました。

気が遠のくような、不安…恐れ…

やっぱり一人で来るんじゃなかった。もう、わけわからない!


混乱しながらも、私が一番心にとめていたことを思い切ってN先生に聞いていました。

「子供は産めますか?」

私たち夫婦はまだ子供を授かっていません。

かつて私の親は不仲で、荒んだ家族関係でした。

だから、結婚して、子供を授かり、幸せな家族を夢見ていました。

どうしても自分の子供を授かりたい。そう願っていました…

私は子供が大好きで、保育士もしています。

N先生は、冷静に説明してくれました。

『乳癌は、女性ホルモンを抑えることが必要です。

また抗がん剤投与となると、出産は控えなければいけないと・・・。

出産を望むなら、治療が後になってしまいます。その間にあなたの癌細胞がどれだけ活動するか?

危険です。』

涙があふれ出て、目の前が見えないくらいに、打ちひしがれました。

子供が産めなくなるの?乳房もなくなるの?

喪失、喪失、女性でなくなる。そんな気持ちです…

看護師さんも、涙ぐんでいたのを覚えています。

そんなにも取り乱したのでしょうか…?

私は、家族と相談すると先生に伝え、抗がん剤投与の予約をいれました。

でも、心の中では、治療しないと決めていました。



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テーマ:心の叫び
ジャンル:心と身体

心の薬さえ・・・

ウチのわんこ、にゃんこたちが心のお薬だった。

でも、癌宣告からは、この子たちにかまってやることもできません。

慰めようとするかの様に、心配しているかの様に、寄り添いに来てくれます。

でも私の心は、この子たちに向くのをやめてしまった…

『この子たちのために生きなきゃ!』という思いは、癌の不安・恐怖のせいで消えてしまった…

ごめんねシエラ。あなたたちには、ママが必要なのにね。

私は、自分のことで精いっぱい。

小さな心を傷つけてた…

あなたたちの命は、神様から預かった命だって、ずっと思ってたのに。

幸せであることを祈っていたのに。

ママは、それをできなくなってしまいました…


SIERRA  50

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テーマ:心の叫び
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癌確定

N先生の診断後、癌確定。

私は癌なんだ!癌なんだ!癌、癌・・・ずっと、この言葉が心を埋め尽くしていました。

セカンドオピニオンを受けるまで、まだ1か月もある。

その間、私は不安、恐怖、全摘の喪失感、恐怖で心が壊れかけていました…

主人は、ネットで乳癌のことを調べてくれています。

実家の母は、毎日電話してきて、そっちに行こうか?と心配してくれてます。

でも、当時の私は、それらを聞くことさえもなかった。遮断。

携帯もPCも見たくない。ただただTVを、ぼや~っと眺めていました。

誰にも会いたくない。

外にも出たくない。

完全な引きこもり…。孤立…孤独感。

前向きな人なら、いろいろ情報をあつめて病気と闘おうとするのでしょう。

でも私にはその気力はありませんでした。

そして癌であるにもかかわらず、不安から逃れるためアルコール依存の生活をおくりました。

アルコールで何も解決できない!わかりきっているのに、とにかく現実逃避。

今でもそうなる時がある…

「癌」という言葉が与える影響?恐ろしいのです。

N先生の診断から5日も経たずに、胸の痛み、ざわざわ感、しこりが大きくなる、そんな経過をたどりました。

頭に浮かぶのは、N先生の「急いだほうがいい」。

私は不安がさらに大きくなり、主人に相談し、再度N先生を訪ね、

現状の痛み、癌細胞が大きくなってる気がする。などを話しました。

N先生は再度診察し、確かに大きくなっていること、急いだほうが良いから、僕に任せてくれないか?

おそらく、セカンドオピニオンでも同じ結果だろう。と…


じゃあ、いつから?何をするの?

『1週間後から抗がん剤治療を始めます。終わるまで半年以上かかります』

癌の恐さに耐え兼ね、私たちはN先生に全てお任せすることにしました。

地獄のような日々の始まりです…

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「ブルーな心」











こころのお薬

先ほどのブログでうまく写真がアップできませんでした。
この子はシエラ。

穏やかで、臆病で、控えめな女の子です。

私をママと思ってくれてる?

おなかが痛い時、頭が痛い時、いつもその痛い所に寄り添って寝てくれます。

乳癌の宣告を受けた日、シエラは一日、私のそばを離れません。

主人は苦笑い。

私は動物にも、深い心があって、傷ついたり、悲しんだりしていると思っています。

でも、シエラに癌の患部に近寄ってほしくなかった。

この子が癌を引き取ってしまうような気がして、怖かった…

N先生の診察のあと、ずっとこの子、そしてほかの子たちも、泣きじゃくる私を見守ってくれてました。

先に死ねない。

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SIERRA 80-2

やっぱり癌・ガン・がん。


9月、外科医師に大誤診され、医大の乳腺外来のN先生に診察してもらったのは、
11月も近くなった頃でした。

そのころには、変な話ですが、ブラをしてもヒリヒリ感、Tシャツでも痛みのような、ざわざわした

感覚が胸にありました。

何かにあたると、ヒッってなるくらい・・・。

しこりも、大きいのが確認できました。

N先生の最初の診察から、一週間後の金曜日、主人が休みをとって一緒に病院に行ってくれました。

10時頃から2時間ほど待ちました。

2時間が、何日にも思えるほど。私は不安で黙り込んで、待合室に主人と並んで座っている。

「混んでるね」と主人も少しイライラしていましたが、

私の本音は、もう家に帰りたい、結果なんか聞きたくない!

でも、癌だったら、いつ死ぬの?いつまで生きられるの?

ネガティブな考えと、大きな不安で心は一杯。

「死ぬ」ってどういう風になるんだろう…?

逃げ出したい。


心理のことわかっているのに、自己カウンセリングは全くできませんでした。


やっと、名前が呼ばれた時、私の心はそこになく、主人に促されて、診察室へ・・・。

N先生は、前回と変わらず、にこやかで穏やかな表情で「お待たせしました」と迎えてくれました。

でも、私の様子がおかしかったのでしょうか?先生は、主人の方を向いて話し始めました。

「ご主人が一緒でよかった。検査結果ですが、間違いなく乳がんです。ステージは3b。

かなり癌細胞が活動しています。一日も早い治療をしないと、どんどん癌細胞が活動し始めて

ほかの部位にも転移すると思います。癌細胞の活動率が90%と非常に高いです。

早い決断をおすすめします」

もう私は涙があふれ出てうまく話すことができません。

でもN先生はやさしく語りかけます。

「治療は、まず大きくなりすぎている癌細胞を抗がん剤で小さくします。今の状態では手術は

できません癌細胞が3つあり、一番大きなものは5cm位の大きさになってます。まずは抗がん剤を

投与して、がん細胞が小さくなった時点で手術をします」

主人は「乳房の温存は?、術後の再建手術とかできますか?、ほかに選択肢は?」

と冷静に尋ねます。

その時、なぜか私の口から出たのは「先生、乳首は残るのですか?」

N先生は「今の癌の場所が悪い。もし小さくても、それは再発の可能性を残すことなので

無理です。私は一番安全な乳房全的手術を考えています。」

主人がしばらく黙り込んだ後、「申し訳ありませんが、セカンドオピニオンも聞いてみたいのですが」

N先生は嫌な顔ひとつせず、いいですよと・・・。ただあまり時間がないことを告げました。

N先生は、大阪府下で癌の治療実績No1の、病院に紹介状を書いてくれました。

その病院は事前に主人が調べて、ここで診てもらいたいと伝えたようです。

でも、その病院も1カ月以上の待ちでした。

診察室を出て私は喉の渇きに耐えきれすお茶を飲みました。

とりあえず、ほかの先生に診てもらおう。それが主人の意思でした。

私は母に電話をかけ、冷静に癌告知の全体を説明していました。

その日の私は、言葉もなく、ただただ泣いて過ごしていたことを記憶しています。

私が「癌」。乳房全摘?

嘘だ‼ ありえないよ‼ なんで私が……

家で犬を抱きしめ、ずっと泣いて過ごしました…


私の心の声:この子たちより生きられるの?






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つぶやき!!

少しつぶやいてもいいですか?

【癌】って何?

人の人生を壊すもの?

完治できないの?

抗がん剤は、癌をやっつけてはくれないの?

癌細胞を攻撃しても、小さくするだけなの?

毒を持って毒を制す?

でも治してくれない!

癌細胞が身体の中に安住してる、

私たちはどう生きていけばいいのでしょうか?

?ごめんなさい。

弱い私のつぶやきです?

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テーマ:乳がん闘病記
ジャンル:心と身体

診察待ちの一か月半、そして...癌宣告

前回のブログが途中で終わってしまいました。

その後を少しつづりたいと思います。

外科の先生に陰性と言われ、その後、乳腺専門の先生の受診まで一か月半ありました。

癌のはずがない!そう思いながらも、不安で引きこもりの生活が始まりました。

親族に乳がんに罹患した人はいない。実家の母にも聞いてみました。

ただ、父が肝臓と肺の癌で60歳で亡くなっています。


私は、大大大好きな祖母を一年前に亡くしていました。

また、私の骨折前に甥っ子の従妹が自殺するという出来事もあり、

無意識に≪死≫という言葉が頭に浮かんでいたのだと思います。

その期間どう過ごしたのか、今は思い出すことができません。

ただ家にずっといた。誰にも会いたくなかった。

携帯もPCも私には必要ない。そんな期間だったように思います。

主人はそんな、私を見て、どれだけ不安だったでしょう。

とても気を使ってくれたこと、記憶にあります…

足の骨折が治ってなかった時でもあり、『家事は一切しなくていいよ』

と言ってくれていました。

日々生きながら、不安で押しつぶされそうで、お酒の量も増えていました。

そして、一か月半が経過し、やっと医大からきている乳腺専門のN先生の診察を受けることになりました。

私は、腫瘍が陰性だと言われたこと。でも不安であることを、

少しおどおどしながら話した記憶があります。

N先生はゆったりと穏やかな方で、診察しましょうと....

前の検査と同じ事をしました。ただ、触診の段階ですぐに先生の顔が曇り、

聞きたくなかった“癌”という言葉を、私は聞き逃せませんでした。

前と同様に、エコー、血液検査の腫瘍マーカー、そして、乳房下にメスをいれて、

細胞をとりました。

先生は、細胞診の結果を一週間で出すから、次の金曜日に、全身CT検査の受けるように、と。

その後、言われた言葉です。

≪ほぼ、乳がんで間違いないでしょう。詳しいことは検査結を診てみないと、

ただ、私の経験からいっても悪性でしよう。≫

前回の検査は、何だったのでしょう?大誤診??

私は、立つ力もなく、ただただ茫然とし、めまいに襲われました。

私が癌。

癌、癌、癌、癌、癌????


正式な癌宣告、そして生きる気力を失っていく自分に直面するとは…

帰りの車の中で涙が溢れ、何も見えなくなりました。。。


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乳がんとの出会い

一昨年の春に事故で、左ひざ下脛骨、腓骨ともに、複雑、粉砕骨折しました。

三ヶ月の入院、車椅子から、松葉杖へと、動けるようになり、退院後リハビリに励んでいました。

だって、私の仕事は写真を撮ること。おもに、動物写真。

怪我の前に、念願だった心理カウンンセラー、心理療法士の資格も取り、

写真と心の癒しの活動を始めようとした矢先の事故。

骨折で暫く仕事を休んでいましたが、足が 治ればまた頑張ろう!私はそう思っていたのです。

ところが、ある日、お風呂上りに、胸の異常なしこりに気付きました。

何、これ???

かなり大きく痛みもありました。

でも毎年検査してるのだから。と、足の治療の薬の副作用くらいに考えていました。

ただ、不安もあり、家族の後押しがあって、退院後3ヶ月くらいでしょうか、

外科医のもとを訪れました。

確かに、嫌な感じのしこりだね、と先生は言い、

エコー検査と乳房の下にメスを入れて注射器のような器具で

しこりの細胞を採り、血液検査とマンモグラフィーを受けました。

後日、マンモグラフィーの結果、細胞診、血液の腫瘍マーカーの結果が出揃った日に、

私は不安を抱えながらも、まさかね!という気持ちも多少持ちながら、病院に向かいました。

結果は、《陰性》!

よかった〜!という気持ちの裏で、

この原因はなに?

乳腺症とかっていうやつなの?

私の不安をよそに、先生は『大丈夫です』と言い切ります。

看護師さんが戸惑っている私に、『毎週金曜日に、医大から乳がん専門の先生がきてるから、

もう一度、診てもらう?』と言ってくれました。

不安で過ごすよりは、まし!その程度の気持ちで乳腺専門の先生の予約をお願いしました。

でも予約が埋まっていて、受診は1ヶ月以上先…


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テーマ:乳がん
ジャンル:心と身体

はじめまして

こんにちは。
私は約2年前にステージ3bの乳がんと診断され、
7ヶ月の抗がん剤治療を続けた後、
昨年の6月に全摘手術を受けました…

これまでの人生の中で最も壮絶な日々。
自分が“自分”を失いました。
生きることを自ら止めようとしてしまいました。

女性として失うもの…

…絶望。

治療を受けて生きている日々の私は、生きていませんでした
そして、まだ今も取り戻せていない“自分”
生きていると言えない自分がいます…

これまでの日々を綴りながら、
自分を取り戻したいと思っております。


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プロフィール

ぴよこまめ

Author:ぴよこまめ
女性フォトグラファー
心理カウンセラーで、
わんこ・にゃんこたちを
愛してやまない私。
乳がんの闘病記
人のこころ、動物のこころなども
ポツポツ書いていきます。

タイトルは、ふくねこ食堂さんから暖簾分けしてもらいました。

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